朝来市・山東町迫間 / 石臼挽きの手打ち蕎麦

六月二十三日

そばの店で、丼を頼んだ日

右衛門五郎

からし色の壁に黒い瓦屋根の一軒家と、白く染め抜いたのれん、あなご天丼とおむすびの品の名を白い手書き文字で記した黒い立て看板、店名を刻んだ石碑を、料理挿絵と同じモノクロ鉛筆の記憶スケッチ風に描いた装画
装画公開されている外観写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル装画

西へ、と決めたのは一昨日である。

喜多垣の辻で道を選んで、それきり、竹田の名で呼ばれるものをまだ何ひとつ見ていない。 決心だけを持ち歩いて、梅雨の中休みの、蒸す薄曇りの下を歩いてきた。 昼が近づいたころ、道の脇の看板が目に入った。 そばの店が、この坂の上にあるという。 矢印に従って幹線を離れると、思わずひるむほどの急坂であった。

登り切った先に、からし色の壁の一軒家が建っていた。 入口の脇に黒い立て看板が出て、白い手書きの字で、あなご天丼、おむすび、と二品の名が写真を添えて書いてある。 戸口へ向かいかけて、ふと頭の上に気配を覚えた。 屋根の棟に、大きな青鷺が一羽とまって、動かない。 飯屋の屋根に鷺という取り合わせをしばらく見上げていたが、向こうは私を相手にする様子もなかった。

中は太い梁の下に天井が高く抜けて、木の卓が並んでいる。 梁は太く堂々としているのに、普請はどうも新しい。 通された席で顔を上げると、西の窓に山なみが収まっていた。 その尾根のいちばん高いところに、白っぽい石の帯がひとすじ、ほとんど水平に載っている。 竹田には石垣ばかりが残る名高い山城があり、それを見に世間が集まるのだと、道々聞かされてきた。 あれがそうか。 選んだ西の実物を、私は飯屋の窓の中で初めて見た。 思っていたより遠く、思っていたより低い。 山の緑に半ば沈んで、絵のように動かない。

木の窓枠越しに、重なる山なみの尾根の上へ、淡い石垣の帯がほとんど水平にひとすじ載っているさまを、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いたモノクロ鉛筆の一枚
西の窓。尾根の上に、低い石の帯

卓では、そばの名をひととおり眺めた。 白いそばと黒いそばを一枚に盛るのだそうで、そばの店に来てそれを頼まぬ法もあるまい、とは思う。 思うのだが、表の看板の白い字が目に残っている。 考えてみれば今日は、道の看板が店を決めた日である。 ならば皿のほうも、店先の看板に決めさせてよい。 あなご天丼を、単品で頼んだ。

来た丼は黒く、穴子の天ぷらが二本、縁より長く、両側へはみ出して渡してあった。 まん中に青じその天ぷらが立ち、玉ねぎらしい丸いのと、茄子とが脇に付く。 木の盆に漬物の小鉢が載るだけの、潔い一式である。 端からかじると衣は薄く、身は箸の先で割れるほどやわらかい。 飯に載せて食えば、坂ひとつぶんの空腹が素直に埋まっていった。 窓の石の帯は、食っているあいだも同じところにあった。 名高い城も、この隔たりでは里の眺めのひとつである。

薄い雲の透かす日の下へ出て、坂を下りにかかると、道の向こうに、魚を泳がせた細長い生簀が見えた。 そのそばに、さっきの青鷺が下りて立っている。 足を向けると、向けたぶんだけ、鳥は歩いて間を空けた。 間合いは向こうが決めるものらしい。 あとで人に聞けば、あの鷺は五郎くんと呼ばれ、勝手口から店の人が出てきて、調理の残りの魚をくれるのを待っているのだそうだ。 それなら、あれもこの店の古い客のひとりである。 客同士、間合いはあれくらいでよいのだろう。 石の帯を見に世間の集まるという町へ、私は坂を下りた。

本日の皿

看板の皿

物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

黒い丼の飯の上に、縁から両側へ長くはみ出した穴子の天ぷら二本と、青じそ、玉ねぎ、茄子の天ぷらを盛り、木の盆に漬物の小鉢と木の匙を添えたあなご天丼を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いた料理画
公開されている写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル

品書きから

あなご天丼

黒い丼の飯の上に、丼の縁より長い穴子の天ぷらが二本、両側へはみ出して渡る。青じそや玉ねぎ、茄子の天ぷらが添い、木の盆に漬物の小鉢と木の匙が付く。そばが看板の店だが、店頭の立て看板はこの丼を推している。そばはもりそば(白蕎麦と黒蕎麦の二色盛り)やすだちそばなどがあるという。

店頭の看板と公開されている写真をもとに構成。提供内容は季節・仕入れにより変わるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。

周辺図

道しるべ

〒669-5134 兵庫県朝来市山東町迫間825-1

南の空から北を望み、右手に迫間の田と山裾の一軒の店、中央に低い峠を越えるひとすじの道、左手に円山川の谷の町と単線の小さな駅、町の奥の山頂に淡い石垣の帯を、手描き鉛筆スケッチ風に描いたイメージ地図イメージ図。正確な道順はGoogleマップで

この文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。