朝来市・和田山町竹田 / 旧医院を活かしたうどんと甘味の店
六月二十六日
二十四番と、見たことのない朝
あったかプラザ

雨は、峠を越える半ばから本降りになった。
迫間の里から西へ、低い峠をひとつ挟んだ先が竹田だと聞いていた。 世間はこの町へ、山の上の石垣を見に集まるのだという。 その石垣なら、先日そばの店の窓で、細い石の列として見ている。 あれを見に人の寄る訳が分からないまま、濡れて冷えた体で、私は雨の町に入った。 何より先に、乾いた場所に座りたかった。
駅前まで来て、道ばたの門に足が止まった。 二本の粗い石柱に渡した古い木の梁に、墨書で、あったかプラザ、とある。 門の奥は刈り込みの庭で、砂利の小径が瓦屋根の家までまっすぐ通っていた。 軒先の掲示に、休憩無料、の四字を見つける。 雨をよけて、少しのあいだ腰を下ろしてよい家なのだろう。 この四字が、いまの身にはなによりありがたかった。
中は思いがけず天井が高く、太い梁がむき出しのまま、高みで組み合っている。

窓ぎわの、布張りの長い腰掛けに落ち着いた。 壁ぎわの古い木の看板に、小兒科、乳兒科、と旧い字が読める。 なるほど、もとは医院だった家であるらしい。
濡れた肩が落ち着いてから、卓の上に一枚、表の載っているのに気がついた。 うどん、と刷ってある。 飯の欄もある。 休むだけのつもりで入った家で、飯が食えるらしい。 表の初めには、番号でお申し付けください、とあった。 同じ肉うどんが、麺だけの番、麺を増した番、飯とつけものの付く番、その両方の番と、四度並んでいる。 品を選ぶのではなく、形を選ぶ表である。 飯の欄には、ヘルシーごはん、と刷ってあった。 ヘルシー、という響きを、私はしばらく眺めた。 体の冷えた日である。 飯とつけものは付けたい。 二十四番、と告げた。
思えば、医院であった時分、待つ者は呼ばれる側だったはずである。 いまは待つ者が、先に番号を告げる側である。
待つあいだに、入口寄りの壁の高いところの、大きな額に気づいた。 青い山なみの手前を白い霧が帯になって流れ、その霧の上に、石垣の列が浮かんでいる。 先日、窓の向こうで緑にまぎれていた、あの石垣である。 よく冷えた朝に霧が谷を埋めた時だけ、ああして浮かぶのだという。 世間がこの町へ見に集まるものの正体は、これであったか。 朝霧、と私は名乗って歩いている。 その名を冠した朝を、当の私は、まだ一度も見たことがない。
やがて、二十四番が卓に届いた。 運んできた人は、ゆっくり置いて、ゆっくり下がっていった。 丼のつゆは澄んで色が薄く、牛肉の薄切りと刻んだ青ねぎが載る。 わきに雑穀まじりの飯の小椀、つけものの小皿、白い散り蓮華。

すすると、湯気が顔に届いて、まず人心地がついた。 麺は太く、つゆは見た目より力があって、牛の脂があとからゆっくり効いてくる。 熱いものと飯を行き来するうち、冷えたところが内側からほぐれていった。 医院だった家で番号を告げると、出てきたのは手当てのような一膳であった。
帰りぎわ、もういちど額を見上げた。 本物の朝に、いつ行き会えるかは知れない。 それまでは、あの一枚を受け取っておくことにする。 外へ出ると、雨はまだ降っていた。 見たことのない朝が、この町では、壁の高いところに掛かっている。
本日の皿
看板の皿
物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

品書きから
抹茶セット
黒い丸盆に、抹茶の粉を入れた茶碗と、籐を巻いた提げ手の鉄瓶、竹の茶筅が並ぶ。点てるのは自分の手による。桜柄の懐紙に白い大福がひとつ添う。甘味にはぜんざいもあり、食事は番号で頼む肉うどんのほか、ごはんものもあるという。
店頭と店内のメニュー表示、公開されている写真をもとに構成。提供内容は変更される場合があるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。
周辺図
道しるべ
〒669-5252 兵庫県朝来市和田山町竹田(JR竹田駅前)
イメージ図。正確な道順はGoogleマップでこの文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。