朝来市・和田山町竹田 / だし巻き玉子の専門店
六月二十九日
壁のほうを向いて、卵を待つ
咲き心玉

竹田に入って四日目になる。
朝から空はねずみ色で、風がまるでない。少し歩けば背が濡れた。
この土地では、目に入るものがどれも山の上へ繋がっていく。 道の案内も、宿の主の話も、通りに掛かる幟の文字も。 三日前、雨をよけて入った家で、私はこの町の朝の姿を、一枚の絵として受け取っておくことにした。 それからというもの、増えていくのは絵ばかりである。 山の上の城が広く知られるようになったのは、一人の人が撮った一枚の写真からだと聞いた。 なるほど、私がこの四日で受け取ってきたものも、みな像であって、石ではない。
今日は何も仰ぎたくなかった。 座って、黙って腹へ入れたい。それだけである。
町の南のはずれまで下りると、細い流れがひとすじ、道を横切っていた。 渡った先で、道は南西へ折れる。 その角の軒に、白い提灯が一つ下がっていた。 庇からは短い白い布。 青い丸の中に、心、の一字がある。 脇に小さく縦へ、だし巻き、とあり、赤い角の印が捺してある。 大きな筆で、咲き心玉。 下に、SAKIMITAMA。 だし巻きを食わせる家であるらしい。 木の戸を押した。
中は明るく、板張りの壁に木の卓が並んでいる。先客は一組だけであった。 奥に厚い一枚板のつくえがあり、壁を向いて丸い椅子が一脚だけ置かれている。 私はそこへ腰を下ろした。 目の前は杉の板で、窓はない。

板の上に、小さな黒い札が立っている。 四角い模様と、ご注文はスマホから、の文字。 脇に紙の冊子が置いてあった。 開くと、玉子の中身が三つ並んでいる。 そのまま。チーズ入り。明太と大葉。 チーズ、という字を、私はしばらく見ていた。 それから、そのまま、を選んで、掌の画面から送った。
十五分ほど、壁のほうを向いたまま座っていた。 杉の板の木目を、端から端まで目でたどった。 節をひとつ回って、また端へ戻る。 この四日、目を上げれば何かが目に入り、私はそのつど受け取っていた。 壁は何も寄越さない。 寄越さないから、受け取らずに済む。 三日前に受け取っておくことにした一枚も、今日はしまったままにした。

白木の浅い箱が、目の前に置かれた。 淡い金色の一本が、箱の丈いっぱいに横たわっている。 表には、巻いた数だけの筋が並んでいた。 端に、巻き終わりの折り目が一段。 箸の先を当てると、その重みでゆっくり沈む。 持ち上げれば、崩れる手前で辛うじて形を保っていた。 強く巻けば固くなる。そうしなかった加減が、そのまま残っている。 口へ入れると、熱いだしが先に来た。
三つ葉の形をした白い豆皿に、赤いおろしと、白い和えものと、黒い昆布。

順に載せて食っていくと、同じ一本が、途中から違う味になった。 飯と汁と、小さな鉢が二つ。 玉子だけを食いに入って、気がつけば飯まで残っていなかった。
戸を押して、道へ出た。 蒸した風が、流れのほうから来ている。 上は見なかった。 竹田へ来て四日、初めてのことである。
本日の皿
看板の皿
物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

品書きから
花咲きランチ
朱の盆に、赤い漆の椀と、葉の形をした小皿の香の物、黒い丸皿に立てて盛った天ぷら、白い角皿の天つゆ、厚手の椀に白い飯。かたわらに白木の重が三段で、上に三つ仕切りの豆皿へ味変三種、中に小鉢が二種、下にだし巻き玉子が太い一本おさまる。天ぷらのかわりに牛すじ煮込みも選べ、締めに出汁をかけて茶漬けにできるという。
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周辺図
道しるべ
〒669-5252 兵庫県朝来市和田山町竹田391
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