朝来市・山東町喜多垣 / 古民家の釜飯・定食
六月二十一日
北か西か、釜の炊けるあいだに
百翔茶屋 喜古里

下りきった先に、里が開けた。
黒川の宿を発ったのは、朝のうちである。 発つ間際、宿の人が次の里の飯屋に電話を入れて、昼の席を取り次いでくれた。 あすこは前もって頼んでおく店ですから、と、こともなげに言う。 山ひとつ向こうの、まだ見ぬ店に席ができた。 妙な心持ちのまま、私は峠へ上りはじめた。
雨は夜のうちに上がっていた。 黒川もまた生野のうちで、この峠を越えて、ようやく生野の外へ出る。 あの谷で追っていたものには、けりが付いた。 次に何を追うのか、まだ決めていない。 決めていないことがもうひとつあって、そちらは今日じゅうに決めねばならない。 この先の道の取り方である。 喜多垣という里から先、道は北と西に割れるのだと、宿で聞いてきた。 北へ辿れば和田山へ、西へ折れれば竹田へ出るという。 どちらの名も、私にはまだただの音である。
長い下りを終えて里へ出ると、聞いたとおり、辻で道が二つに割れていた。 どちらへも決めかねたまま、まず昼を済ませることにする。 飯屋は辻の少し北、道の西側にあった。 金属の板をまとった大屋根が、梅雨の晴れ間の光を鈍く返している。 もとは茅を葺いた家だと聞いた。 軒には店の名を彫った木の看板が鎖で吊られ、戸口には白いのれんと、名を白く抜いた紺の幕が下がる。 入口の脇の黒板に、本日は予約制、とあった。 宿の人の電話が、ここで効いてくる。
名乗ると、畳の続き間へ通された。 土間には金魚の水槽が並んでいる。 黒い梁の下に、番号の札を付けた木の椅子と黒い卓が続き、先客はまだ少ない。 釜飯は、きのこ、鶏ごぼう、鶏ねぎとある。 鶏ごぼう、と決めるのに息ひとつ要らなかった。 頼んでから一釜ずつ炊くので、二十分ほどかかるという。
おかしなものである。 釜飯は即座に決まって、道がまだ決まらない。 北か、西か。 待つあいだ、膝の上でそればかりを秤にかけていた。 奥から、釜の低く鳴る音が続いている。 やがて米の炊ける匂いが、続き間まで渡ってきた。 知らない里で炊かれる飯の匂いは、なぜか懐かしい方に立つ。
盆に載って、木の蓋をしたままの釜が来た。 蓋を取って、脇へ置く。 鶏と、ささがきのごぼうが、飯に半ば埋まって炊き上がっている。 白い飯杓子で椀に取り、ひと口を運んだ。 鶏の脂とごぼうの土の香が、飯の一粒ずつまで染みている。 二十分は、この一粒ずつのための時間だったわけである。

ふた椀目を装ったとき、気が付いた。 秤は、もう傾いている。 どちらへ傾いたかは、まだ口にしない。
思いのほか量があって、残りは包んでもらった。 表へ出ると、昼の光はまだ高い。 辻へ戻ると、足はもう迷わなかった。 西である。 釜の炊けるあいだに、道はひとつに決まっていた。
本日の皿
看板の皿
物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

品書きから
鶏ごぼう釜飯
注文を受けてから、一人用の釜で一釜ずつ炊き上げる。鶏とささがきのごぼう、人参やこんにゃくを炊き込み、炊き上がりまで二十分ほど待つのだという。釜飯の種類はきのこや鶏ねぎなど、季節や日によって変わる。魚を主体にした定食に合わせる客も多く、食べきれない分は持ち帰りもできると聞く。
公開されている店舗情報とメニュー写真をもとに構成。提供内容は季節・仕入れにより変わるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。
周辺図
道しるべ
〒669-5133 兵庫県朝来市山東町喜多垣294
イメージ図。正確な道順はGoogleマップでこの文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。