朝来市・生野町口銀谷 / 喫茶・洋食
五月二十四日
銀が連れてきた、ひとりの洋食
ロクログ(VI.LOG)

生野の駅のとなりに、丸太を組んだ家が建っていた。 山あいの古い町に、洋館でも寺でもない、北の国の山小屋のような一軒。 場違いなはずなのに、それは不思議と町に据わっていた。 軒の下へ鎖で吊るした古い板に、金の字が彫ってある。 喫茶と定食、と小さく添えてあった。
私は峠を下ってきたところだった。 のぼりは、昨日のうちに終わっている。 峠のこちら側はもう但馬だと聞いていたが、駅の脇を流れる川は、まだ南を向いていた。 私が歩いてきた播磨の方へ、水は静かに戻っていく。 峠は越えても、川はまだ、来た道を帰ろうとしていた。
戸を押すと、丸太の壁と、無垢の床と、レースのカーテンがあった。 窓のすぐ外を、線路が通っている。 レース越しに、初夏の草が線路のきわまで伸びているのが見えた。 列車が来れば、この席から数えられそうなほど近い。 銀を運ぶために敷かれた道だと、あとで知った。

喫茶の品も、昼の定食もある店だった。 それでも私の指は、洋食の名の上で止まった。
生野ハヤシライス。
和のものを好む性分である。 だがこの町でだけは、洋食に理由があった。 明治のはじめ、この山から銀が出て、西洋から技師の一家が家族ごと移り住んだという。 彼らの台所の匂いが、百年をかけて町の名物になった。 銀が連れてきた飯である。 それを断る理由が、私にはなかった。
運ばれてきたのは、白い丸皿だった。 飯が小さな山に盛られ、その裾を、濃い茶色のソースが囲んでいる。 きのこと、細く切った玉ねぎと、薄い牛肉が、ソースの中で静かに煮えていた。 飯の上には、乾いたパセリがひとつまみ。 箸ではなく、銀の匙が添えられていた。
匙で、飯とソースをいっしょにすくった。 長く煮た者にしか出せない、角の取れた濃さだった。 辛くも甘くもなく、きのこの出汁と牛の脂が、飯の白さの上でゆっくりほどけていく。 よその家の台所から、そのまま運ばれてきたようなやさしさだった。

二日前、私は峠の手前で、一人では焼けない肉を諦めた。 今日の皿には、諦めるところがひとつもない。 誰かと分けるための料理ではなく、一人の昼のために煮られた料理だった。 峠をひとつ越えただけで、飯の側が、こちらへ歩み寄ってくれた気がした。
食べ終えて、また窓を見た。 線路は北へ伸び、川は南へ帰る。 私が越えた峠は後ろにあり、本当の但馬は、この線路のもっと先にあるらしかった。 銀を掘った道をたどって、私はいま、銀が連れてきた飯を食べ終えたところだった。 匙を置いても、しばらく、席を立つ気になれなかった。
本日の皿
看板の皿
物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

品書きから
生野ハヤシライス
白い丸皿に、飯を小さな山に盛り、その裾を濃い茶色のデミグラス系ソースが囲む。きのこ、細く切った玉ねぎ、薄い牛肉をソースの中で煮込み、飯の上に乾いたパセリをひとつまみ。箸ではなく匙で食べる。明治に生野銀山へ西洋から技師の一家が移り住み、昭和の鉱山職員社宅に伝わった洋食が、町の名物として復刻されたものだという。サラダと緑茶が付く。
公開されている店舗情報とメニュー写真をもとに構成。提供内容は季節や仕入れにより変わるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。
周辺図
道しるべ
〒679-3301 兵庫県朝来市生野町口銀谷2269
イメージ図。正確な道順はGoogleマップでこの文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。