朝来市・生野町小野 / 食堂・洋食

六月十三日

谷の行き止まりで、二度目のハヤシ

レストラン マロニエ

生野銀山の入口の広場に立つ白い二階建てのレストラン マロニエと、正面の看板、背後に壁のように迫る緑の山を、料理挿絵と同じモノクロ鉛筆の記憶スケッチ風に描いた装画
装画公開されている外観写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル装画

道が、山で尽きた。

口銀谷の町から東の谷をゆるく上ってきた道は、この広場で終わり、正面に緑の山が壁になって立っている。 銀を吐き出した山の、これが口である。 もっとも、山の腹に開いたという口そのものは、ここからは見えない。 峠の手前で、銀の流れ落ちた方向を逆に上っているのだと気づいてから、二十日あまりになる。 その上りが、今日で仕舞いである。

広場の脇に、白い二階建てが立っていた。 壁の看板にレストランの字と、二階へ上れという階段の印がある。 今日の昼は、ここと決めて上ってきた。 それどころか、食うものまで決めてある。 迷いというものが、今日の私には最初から無い。

生野ハヤシライスである。 同じものを続けて頼む気にはならない、と書いたのは、つい先日の私だ。 その私が、二度目を食うためだけにこの谷を上ってきた。 町で借りた理由で食った飯を、源のいちばん近くで、もう一度確かめたくなったのである。

階段の壁に古い山の絵看板が貼ってあり、道の物語、という字が読めた。 銀の道の果てで、道の字に迎えられて二階に入る。 食堂は広く、大きな窓が並び、窓いっぱいに山の緑が来ていた。 町の古い家々の暗がりとは反対の、開けた明るさである。

大きな窓が連なる広いホールに濃い木の卓と布張りの椅子が並び、窓の外に緑の山が迫るマロニエの店内を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いたモノクロ鉛筆の情景画
窓いっぱいに、道の尽きた山が来ている

皿は、すぐに来た。 青い地に金の唐草を巡らせた、洋食の皿である。 盛りは手前に飯、向こうにソースと、皿を二つに割っている。 町で食ったものは白い皿で、飯のまわりをソースが囲んでいた。 名は同じで、皿からもう違う。

赤みがかったソースを飯に絡めて口に入れると、まず酸味の縁が立った。 トマトと、赤い葡萄酒の酸だという。 町のそれは、深く沈む濃さだった。 同じ名で呼ばれた、別の皿である。 それでいて、これはこれでうまい。 牛は薄切りでたっぷり、しめじは軸ごと沈んで、飯がよく進む。

青い帯と金の唐草の縁取りの洋食皿を真上から見た生野ハヤシライスの食べかけで、手前の飯と奥のソースの境が一口分崩れている様子を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いた一枚
名は同じ、皿は別である

食いながら、聞いた話を思い返していた。 この店は、山が閉じた翌年に生まれたのだという。 掘る仕事が終わった、その明くる年に、山の入口で飯を出しはじめた。 幾年か前に一度戸を閉て、いまは、よその谷で乗合の車を走らせる会社が継いでいると聞く。 源には源の皿が、正しい形のまま残っているものと思って上ってきた。 だが山はとうに手を引いて、飯だけが残り、それを道の側が運び続けている。 来歴なら、町で食ったときに記した。 二度は書くまい。

食い終えて、窓の外を見た。 来た道が、広場の先で山に呑まれて終わっている。 銀の道はここが頭で、私の上りもここまでである。 表に出て、もう一度だけ山を見た。 口は緑の奥に隠れたまま、何も言わない。 上ってきた道を、今度は水と同じ向きに下りはじめた。

本日の皿

看板の皿

物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

濃紺の帯と金の唐草文様の縁取りの大皿に、但馬牛としめじのハヤシソースとふわりとした玉子をのせた生野オムハヤシに、サラダと澄んだスープを添えた手つかずの一膳を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いた料理画
公開されている写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル

品書きから

生野オムハヤシ

白磁に濃紺の帯と金の唐草文様を巡らせた縁取りの大皿に、但馬牛の薄切りと軸ごとのしめじ、玉ねぎを煮込んだ赤ワイン風味のやや酸味のあるハヤシソースを敷き、ふわりとした玉子をのせる。サラダと澄んだスープが付く。窓の幕にも階段の旗にもこの名が掲げられた、この店の顔。語り手がこの日は頼まなかった一皿。

公開されている店舗情報とメニュー写真をもとに構成。提供内容は季節や仕入れにより変わるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。

周辺図

道しるべ

〒679-3324 兵庫県朝来市生野町小野33-5

口銀谷の町から東へ上ってきた一本道が生野銀山の入口の広場で緑の山に突き当たって尽きる谷の行き止まりと、道ばたに立つマロニエまでを、西の空から手描き鉛筆スケッチ風に描いたイメージ地図イメージ図。正確な道順はGoogleマップで

この文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。