朝来市・生野町口銀谷 / 古民家カフェ

五月二十八日

靴を脱ぐと、家はしんとしていた

あむせん(Healing Café あむせん)

反りのある玄関屋根と木の壁、蔵を連ねた昭和初期の商家の構えと、庭木・低い山を、料理挿絵と同じモノクロ鉛筆の記憶スケッチ風に描いた古民家の装画
装画公開されている外観写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル装画

峠を越えて、もう何日になるだろう。 私はまだ、生野の町にいる。 昼の店を一軒ずつ訪ねては、細い道へ引き返す。 そういう日が、静かに続いていた。

町を東へ入ったところに、古い家が門を開けていた。 表に立て札があって、誰が入ってもよいらしい。 人の住まいのようでもあり、そうでないようでもある。 玄関で履き物を脱ぎ、私は板の間へ上がった。

ここへ来る道で、もう一軒、古い家の前を通っていた。 中から、聞き取れない国の言葉が漏れていた。 遠くから来た者が、ひと晩、その家を借りて眠るのだという。 人の暮らした家に、見も知らぬ旅人が上がり込む。 そういう時世なのだと思いながら、私は先を歩いた。

障子と欄間、畳の座敷に木の衝立とソファ席が据えられ、硝子戸の向こうに庭の松と山がのぞく古民家カフェの店内を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いたモノクロ鉛筆の記憶スケッチ
障子のあかりと、庭の松。

上がった部屋には、障子と、欄間と、畳があった。 硝子越しに、庭の松が見えている。 客は、私のほかにいない。 古い柱時計の音だけが、部屋の隅で動いていた。

献立には、この町の名物の洋食もあった。 だがそれは、数日前に、別の店で食べている。 同じものを、そう続けて頼む気にはならなかった。 指は、野菜のカレーの名の上で止まった。

黒っぽい陶の器に、雑穀の飯と濃い茶のカレー、素揚げのズッキーニ・パプリカ・蓮根・南瓜・とうもろこしを手つかずのまま盛った野菜カレーを、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いたモノクロ鉛筆の記憶スケッチ
畑をひと皿に移したような、揚げ野菜の色。

黒っぽい陶の器で、それは来た。 雑穀の飯が半分、濃い茶のルウが半分。 境目に、素揚げの野菜が積んである。 緑のズッキーニ、赤いパプリカ、輪切りの蓮根、黄の南瓜、細いとうもろこし。 畑をひと皿へ移したような色だった。

匙の先で、南瓜と蓮根を割った。 雑穀の飯にからめて、口へ運ぶ。 ルウは、見た目ほど強くない。 香辛料の熱の奥から、揚げた野菜の甘さがひらいてきた。 飯の粒は、ひとつずつ立っていた。

しんとして、匙が皿に触れる音ばかりが耳についた。

食べ終えて、しばらく畳に座っていた。 この家を構えたのは、山の銀に道と鉄路を通した側の人間だったと聞く。 掘った者の飯なら、数日前に食べた。 今日は、通した者の家で足を伸ばしている。 その家はいま、誰のものでもなく、誰が上がってもよい。 礼も告げず靴を脱いだ旅の者に、畳と、庭のみどりと、柱時計の音だけを、黙って貸してくれた。 障子の白が、少しずつ翳っていく。 数日歩き続けた肩の荷を、ひとまず下ろしてよい昼だった。

本日の皿

看板の皿

物語の余韻を、実際に選ぶ一皿へつなぐ。

黒い楕円の皿に盛った但馬牛ハヤシライスに炒り卵をのせ、洋風の漬け物の小鉢と汁の白いカップを添えた手つかずの一膳を、昭和文芸誌の手描き挿絵風に描いたモノクロ鉛筆の料理画
公開されている写真は直接転載せず、特徴だけを参考にしたオリジナル

品書きから

但馬牛ハヤシライス

黒い楕円の皿に、但馬牛を煮込んだ濃い茶のハヤシと飯を盛り、上へ炒り卵をのせる。脇に、赤や緑の洋風の漬け物を入れた小鉢と、温かい汁の白いカップが付く。明治に生野の山へ西洋から技師の一家が移り住み、その洋食が昭和の鉱山職員社宅に伝わって町の名物になったものだという。語り手はこの日は頼まなかった一皿。

公開されている店舗情報とメニュー写真をもとに構成。提供内容は季節や仕入れにより変わるため、訪問前に公式情報またはGoogleマップをご確認ください。

周辺図

道しるべ

〒679-3301 兵庫県朝来市生野町口銀谷619-2

谷を流れる市川とJR播但線、生野駅を左手に、右手の斜面に古民家の甍が幾重にも折り重なる口銀谷の町並みと、その一軒あむせんまでを、手描き鉛筆スケッチ風に描いたイメージ地図イメージ図。正確な道順はGoogleマップで

この文章は、公開されている店舗情報や来店者の声を参考に構成した創作エッセイだ。 営業時間、定休日、メニューは変更される場合がある。 訪問前に公式情報またはGoogleマップを確認してほしい。